スピーカー人生を振り返って

こんにちは!☀️

GWも終盤に差し掛かっていますが、皆さんいかがお過ごしでしょうか?
私はこの連休中チータラを食べ続け、シンプルに太りました!ジュニアのまいまいです🙃


さてさて、かなり久しぶりのブログ更新となってしまいましたが、今回は前チーフのはるはるさんにスピーチ人生を振り返るブログを書いていただきました✨


何と全部で4部構成となっております!今回はその第1回目です😊


~今回のあらすじ~
昨年度、オープン大会に次々と出場されていたはるはるさん。順調なスピーチ人生を歩んでいるように見えたが、実は……?



それではどうぞ~!







スピーチ界の皆様、大変お久しぶりです。
神戸大学ESSスピーチセクション元チーフ、現スピーチインストラクターを務めております。柳生遥(はるはる)です。
現在、僕は研究室配属も決まり、卒業研究に向けて、テーマのアイデア出し、デモ発表の練習に尽力しています!3年までは、ESS活動に、そして何よりスピーチに向き合う時間が多かった分、研究や学問に本気で向き合っている今は新鮮で、忙しくもあり、成長を感じれる瞬間でもあります。またインストとして、多くの現役生のスピーチ作成の手助けができていることに喜びを感じつつ、充実した日々を過ごしています。

さて、前回ブログを書いたのは半年前の「天野杯」が終わった直後で、かなり時間が空きました。本来ならば、新島杯や聖心女子学長杯、引退時、たくさん書きたいことがあったのですが、、、笑。でもまた今回、こうしてブログを書かせていただけることになり、おそらく僕自身これが最後のブログになると思うので(神戸大学ESSのブログとしては最後)、これまでのスピセク人生、現在のインストでの心境、現役生に忘れて欲しくないこと、僕なりにたどり着いた答えについて書かせていただきます。

今オープン大会の本選スピーカー発表時期のまっただ中ですが、努力が報われた喜びをかみしめている人、友人の通過に喜んでいる人、思った結果が得られず悔しさを感じている人、それぞれ考えることは違えど、今回僭越ながら私が書いた文章が何かしら役立ち、新しい発見につながれば幸いです。

今回は以下の流れに沿っています。1つ1つがかなり長いので、飽きた場合は先に進んでください笑。

1. スピーカー人生を振り返って
2. インストという新たな挑戦
3. まさかのJ.U.E.L. Cup副実に(笑)
4. 現役生へのメッセージ
5. 終わりに

さらに本ブログは、「1. スピーカー人生を振り返って」の項目のみ書いています。2以降はまた次回に書かせていただきます。


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1. スピーカー人生を振り返って
[1] 僕がオープン大会を意識した本当のきっかけ

「もうスピーチなんかやめたい」

1年の後期、他大学と初めてのジョイント活動の後、僕が率直に感じたことです。
今となっては、こんなことも考えた時期もあったなと笑い話(最後の大切なメッセージの伏線となっているので、あえて太字にします)にできますが、当時は「いつスピーチをやめようか」、それを先輩に相談したいと考えていました。(信じない人もいるかもしれませんが、当時は本当にスピーチがいやになるくらい深刻な状況でした笑)


「相手を、相手の考えを、相手のスピーチを、常にリスペクトする精神」

ESSに入部して、始めて先輩のスピーチを見たときです。聞いた人全員が、スピーカーを応援し、その人のスピーチを評価し、スピーカーも聴衆も一体となって楽しんでいる、そんな雰囲気があった。相手の努力を感じ、互いに高め合う。相手へのリスペクトを忘れない。スピーチは、それが集まった結晶だと、そのときに感じました。スピーチセクションに入ったのも、「相手をリスペクトする精神が溢れていた」から。それが決め手となりました。

だから、「たとえ結果が出なくても、そのときのベストを尽くし、全力で楽しめば、勝ち負けは重要ではない。相手をリスペクトする気持ちを忘れない。それができればきっと楽しめるはずだ」。僕はそう信じてスピーチ活動を続けていきたい、そう考えていました。

そして初めてのジョイント。
「いつも通り相手が言いたいことをリスペクトし、相手のスピーチを全力で楽しもう!そうすれば自然に楽しくなる。相手もきっとそう考えているはずだ!」
でも実際は違いました、、、。

ブレスト。「全然分析できてない。このSは全く使えないから変えるべき。そのトピック、今後続けても勝てないよ。スピーチの基礎ができてない。この内容はヤバいな、、、。多分オープンには通用しない。」
読み連。「デリバーに意図が感じられない。ジェスチャーに覇気がない。内容が伝わらない。今のレベルは評価できない。スピーチについて学んでるの?」

今も詳細に覚えています。当時のブレストと読み連で、こんな感じに自分のスピーチを「ぼろかす」に「完膚なきまでに」たたきつぶされました。
内容面でもデリバー面でも一度も評価されず、もう精神的につらくなるようなことばかり言われて、本当に心が折れました。

「そこまで言わなくてもいいのでは、、。自分なりにベスト尽くしたのに、、。批判ばかりで、何も共感してくれないのはどうなの、、?スピーチは勝つことだけなの、、?楽しくない。」

心が折れて、自分の信じていた「相手のスピーチをリスペクトすること」、それを信じれなくなりました。他大学とジョイントするのは怖かったし、スピーチに情熱を持てなくなった。

ここでやめる選択肢も、もちろんありました。最終的には3年引退時まで続けましたが、ここでやめてもおかしくはなかった。それくらいスピーチが嫌になるほどの経験でした。

でも、最後まで続けたのは、当時は「悲しみ」の他に別の感情が自分の中にあったから。


「見返してやりたい!批判ばかりされて、このまま終わりたくない!批判ばかりされた底辺のスピーカーでもオープン大会で活躍できると証明してやる!」

今思ったら、小学生みたいな発想ですね笑。
そこまで負けず嫌いな性格ではないし、勝負事が好きということもない、でも僕が当時、一種の闘争心がスピーチに芽生えた理由は「自分が好きだった、信じていたスピーチを真っ向から批判された」こと、だと思います。

そして何より、「神戸大学スピーチセクションを馬鹿にされている」と感じたからです。
確かに、当時神戸大学スピーチセクションは全国的な認知度は低く、スピーチの知識も他の大学に比べたら、乏しかったかもしれません。オープン大会自体の存在を知らなかった人が多かった、オープン大会へ応募することが珍しかった現状があったからです。

でも人を魅了し、素晴らしいスピーチを披露できるスピーカーは神大にも大勢います。オープン大会に何度か出場した今だからこそ言えますが、神大のスピーカーは全員、全国の大学にも劣ってなどいない。(そもそも優劣を付けることがそこまで重要なのかは疑問ですが、、)
でも、当時はオープン大会で結果を残さないと、それが認められ、認知されることは永遠にないと感じました。

だからこそ、
「神戸大学スピセクが日本屈指だということを、自分がオープン大会に出ることで全国に知らしめたい」
そう考えるようになりました。

自分にとっては、新しい感情でした。
これが、僕がオープン大会を本気で目指そうと思った原点になると思います。


今まで長々と書いたことは前置きとなりますが、僕が何を伝えたいかというと、
1 「スピーチへの考えやスピーカーが信じているものは、人によって180度、時に540度違うこともある」
2 「必ずしも、自分が信じている道だけを貫けるわけでもない」
3 「きっかけは、時に思いがけずに発生する」

今思えば、僕のスピーチが盛大にたたき潰されたあの日がなければ、きっと僕はオープン大会の舞台に立つという気持ちが芽生えていなかったはずです。
なので今は、あのとき僕のスピーチを完膚なきまで、ぼろぼろに、たたきつぶしてくれた方々に心から感謝しています。スピーチから離れた今も、「相手の批判さえもリスペクトする、それを糧にする」ことが成長には必要だと実感しています。

自分が信じていた考えだけでは、その道だけでは、スピーチを本当に意味で楽しむことはできない、本当の意味で人々の共感を得られるスピーカーにはなれない。人のスピーチの内容、デリバー、心が違うように、信じる道や考えも当然違うことはわかります。でも人のスピーチに共感することはできる。そんな甘い考えだった自分は未熟だったと思います。

人によって、共感できること、重視することは違う。だからこそ、自分がやりたいことだけ考えていても、それが最善とは限らない状況がある。時には「自分が考えていなかった」「共感しにくい」「一見信じたくない」考え、道があったとしても、それをいきなり否定するのではなく、その考えや道は、何かしら自分の成長につながるかもしれない、自分が変化する、大きく飛躍するきっかけになるかもしれない、そう考えてみる。
自分が信じていることを批判されたら、受け入れるのは簡単ではないけど、そんなときこそ、「人間としての強さ、信念」が試されているのではないかと思います。もちろん全てを受け入れるのではなく、多少なりとも受け入れて、リスペクトしてみて、それから自分なりに熟考して、最適な道を模索する。結局はその繰り返しの先に、自分が求めている物、楽しみや結果が見えてくるものだと今は考えてます。

僕は、ただスピーチが好きだから、ただオープン大会に憧れたから、その舞台を目指した。

決してそんなことはないです。
自分を批判されて、悔しくて、悲しくて、スピーチをやめたいと悩んだ末に、オープンに出場したいと決心しました。きっかけというのは、本当に思いがけないものです。

純粋にスピーチが好きな人に見えて、実はスピーチが嫌いになるくらい悲しいことを経験している人がいるように、勝つことにこだわっているように見えて、実はプライズにはそこまで興味なしでスピーチ聞くことが好きだから続ける、といった人がいるように、スピーチに情熱が生まれる原点は人それぞれです。人が進む道を決めたきっかけを知ることで、多くの知見や教訓を得られるのではないでしょうか。

あまりスピーチを始めた原点やオープン大会へのきっかけについて、話す機会はそこまで多くないし、それよりもスピーチの内容について議論することは当然だと思いますが、スピーチに関わる以上、そこについて深く理解しようとすることも、後々自分が迷ったとき、悩んだときの方向を示す道標となる可能性は十分にあるはずです。そこに目を向けてみることもスピーチをより深く知ることにもつながると今は感じています。

だからこそ、僕が現役生の皆さんに伝えたいことは、
「スピーチへの批判さえもリスペクトできる強さ」を持って欲しい。
そして、
「なぜスピーチと向き合うのか、そのきっかけを深く知る」ようにしてほしいです。

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[2] 立ち向かい続けることだけが正しいとは限らない

純粋にスピーチを楽しみたいと言うわけではなく、批判されたからこそ、それを見返せるスピーカーになりたい、そして何より、神戸大学スピセクを強くしたい、という感情から、僕はオープン大会を目指すようになりましたが、そう簡単ではなかったです。ここからが一番きつかった。

入賞どころか、予選にも通過できない。ジャッジシートを見ても、半分も点数がもらえない。内容やデリバーも批判ばかり。どうすれば上達できるのか、どうすれば通過できるのか、どうすれば相手を説得できるのか、何も見えない状態でした。予選落ちのメールを見るのが日常になってました笑。

霧の晴れ間の光を目指して、とにかくがむしゃらにやっていました。人よりも頑張って、続けることで必ず結果は出る。きつくても報われるまでやりきる。自分に言い聞かせてやり続けてはみたものの、人の心はもろいです。
正確に覚えているわけではありませんが、新島杯だったかな?前期最終のオープン大会の予選落ちのメールがきたときに、心が再起不能になりました。点数が過去最低で、もう立ち直れないくらいぼろかすに書かれており、ここで諦めました。

本当に諦めました。つまり「逃げました」。

それ以降は、もうスピーチ作成もリライトも一切しませんでした。自分の好きな勉強をしたり、後輩達の大会の運営をしたり、ESSの別のイベントを楽しんだり、スピーチ活動を全くしない期間が3~4ヶ月。
その期間は「スピーチがしたい」「スピーチがんばりたい」と考えることはなく、このままスピーチはしないで、運営をがんばって、別の楽しみを見つけようとしていました。

そんなある日、同期から春キエフと新島杯を見に行こうと言われたんです。うん、とは言ったものの、正直絶対に見に行きたいと言うわけではなく、興味もそこまでありませんでした。その日は暇だったから、それなら、という何気ない感情で見に行くことになったオープン大会。自分の知り合いが出るわけでもないし、気持ちはそこまで真剣ではなかったのですが、実際に赴いてみると、やはり感情は高ぶるものですね。

春キエフに出場されたスピーカーは、現インストの、はせまいちゃん、マーク、はなこちゃんがいて、まあオープンの常連スピーカーでしたね笑。同期にも関わらず、皆が本当に上手で、個性が溢れていて、かつ説得できる不思議な何かを持っている。それはもちろん僕が持ってないものでした。上手く表現できないけど、出場したスピーカーの人たちと僕との間に存在する決定的な差、それを肌で感じました。

新島杯を見に行ったときも同様の気持ちになりました。(あの当時のスピーカーは、りっぺいさん、あんじゅさん、スピーチ界のレジェンドと呼ばれるに値する方々でしたね笑。)スピーチに純粋に向き合っていて、自分なりの色を持っており、聴衆に何かしらを提供できる力がある。圧倒的な差でした。

でも不思議と悔しさや焦りはなく、純粋にスピーチを楽しんで、スピーチに共感して、落ち着いている自分がいました。あとから考えてみると、そのときは全くスピーチについて考えてなく、自分もあの舞台に立たないといけない、みたいな感情が一切無かったからこそ、スピーカー目線ではなく、一人の素人の目線でスピーチを純粋に楽しんでいました。
まさに先輩のスピーチを始めて見て、スピーチに感動した1年の前期ときのように。

それを感じたとき、ふと、

「あ、僕ってスピーチが好きなんだ!」
「もう一度スピーチやりたいな!」

と自然に思いました!
でもこれまでのようにただがむしゃらにやるのではなく、人よりも頑張ろうと焦るのではなく、ときに息抜きしながら、少しずつ進んでいこう。そう考えるようになりました。

続けることに意義がある、継続性はもちろん素晴らしいことだと思います。ただそれを本当に実践できるほど、人よりも努力できるほど、僕は強い人間ではありません。弱くて、サボり癖があって、要領が悪い人間です。
人よりも頑張って、人よりも良い結果をだそうと考えるのは、僕にはできない、僕に人よりも頑張るなんてことは不可能と考えました。それなら自分は、「ゆっくりでもいい、立ち向かうけど、ときに逃げてもいい。時間がかかってもいい。焦らず、騒がず、着実に」、これでいこうと決意しました。

逃げることは、周りからは良い選択に思われない場合がほとんどだと思います。しかし、逃げないことが絶対な正解ではありません。

「ときに諦めて、道を変えてもいい。ときに逃げて、別の楽しみを探してもいい。一端離れることで違った景色が見えてくる。違った観点で物事を見れる。つらかったら、一度離れてみて、戻りたくなったら、またやり直せば良い。」
頑張ることも大切だけど、頑張るだけが正解ではない。

こんなことわざがありますよね。

「逃げるが勝ち」

もちろん、現実からただ単に逃げて楽な道を選んで、堕落していくことを指すことわざではありません。本当に意味は
「自分が最大限の力を尽くしても、納得の結果が出なかったとき、一端客観的に状況を把握する、そのために身をあえて引く」
ことだと思います。
全力を尽くして報われないことなんて当たり前です。とくにオープン大会では報われないことがほとんどと思います。そんなときに、苦しみながらやり続けても、スピーチが楽しくなることはない。
だから、「あえて逃げてみてほしいです」

そして、もう一度「スピーチやってみたい、スピーチが好きだ」と心から思ったら、またスピーチ作成に取りかかれば良い。立ち向かうこと、そして時に「あえて」逃げること。
一見悪く思える選択も「自分しだい」で最高の選択になることを忘れないでほしいです。

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[3] 目標を叶えても、結果が出たとしても、苦しみはつきまとう

オープン大会を目指し、時に逃げて、回り道をして、再びスピーチの魅力を知って、3年前期、ついに掴んだ憧れの「ALL WEST」、ここから全てが始まりました。西日本予選を勝ち上がり、夢にまで見た全日本の「J.U.E.L. Cup」に出場。前期で既にスピーカー人生の最大の目標を叶えました。
幸運なことに後期も三大大会「天野杯」、「紅葉杯」、「新島杯」、「聖心女子学長杯」、多数のオープン大会に出場させていただきました。本当にスピーカーとして、誇りであり、幸せであり、縁に恵まれたと思っています。

ただ目標を叶えたことで、スピーチが楽しかったかと言われれば、そうではありません。

はっきり言って、「苦しかった」です。

(誤解してほしくないので先に言います。スピーチ大会に出れたこと、数多くのグレイトスピーカーの皆さんと共演できたこと、それは僕にとって大切な思い出であり、それを否定しているのではありません。あくまで「僕自身がスピーチを楽しめていなかった」という話です。というより僕が単に未熟だったという話です笑。)

正直な話、僕自身、現役の戦績は、中々頑張ったほうだと思っています。三大大会を含む、約20個のオープン大会に通過し、何度か入賞も経験しました。スピーチ界にもそれなりに名前を知られたと感じています。
そして神戸大学スピーチセクションの名も以前とは比べものにならないくらい有名になりました。

目標は達成できました。
でも、結果が出るにつれて、本戦スピーカーに選ばれることが増えるにつれて、「極度のプレッシャーと恐怖」に悩むことが増えました。

スピーチ大会の前日は緊張で吐きそうになるし、スピーチ大会当日に何度も嘔吐した経験もある。「頑張ってね」と期待されるたびに、寒気がした。スピーチ中は何度も頭が痛くなり、ミスをしたらどうしようという恐怖はスピーチが終わるまでずっと続く。チーフという立場としての重み、結果を出さなければいけないという重圧。

「自分みたいな下手くそがこんなにオープン大会に通過してもいいのか」、「僕は本選にはふさわしくないのでは」、「こんな気持ちでスピーチするのは大会に失礼ではないか」、そんな気持ちばかりが頭にあって、自然と練習にかり出されました。誰にも相談せず、一人で孤独に。結果を出せるようにと考えるあまり、楽しむことは二の次。

いつの間にか、憧れの舞台に立ったのに、目標を達成したのに、再び自分はスピーチが好きだと気がついたのに、「またスピーチを楽しめなくなっていました」。
皮肉なことに、結果が出れば出るほど「怖くなって」、目標に近づけば近づくほど「苦しくなった」。

現役中は絶対に言わないようにしていましたが、僕が最もオープン大会に出場していた時期、楽しさが1割、残りの9割は、「苦しみ」「孤独」「恐怖」でした。
でも、これは僕が「プレッシャーを楽しめるほど強くなかったから」だと思うので、万人が僕のように感じているわけではないし、むしろ僕は少数派だと思います。

もしかしたら、今の現役生の皆さんも予選に通過できず、自分の努力が報われず、スピーチが苦しいと感じることがあるかもしれません。僕程度の人間が言えることではありませんが、その気持ちは本当にわかります。僕の2年は応募した大会にほぼ全て落ちました。そのときの悲しさ、悔しさ、喪失感は計り知れないものです。

でも、これだけは言える。
「予選に通過しても、必ず苦しみはつきまとう」

本選には、本選でしか感じられない苦しみがある。本選スピーカーは単純にスピーチを楽しんでいるわけではなく、見えない苦しみに立ち向かっている場合もあります。予選受けは良くても、本選でジャッジさんに否定されることもある。本選でのプレッシャーで実力の半分も発揮できないこともある。その苦しみを誰にも打ち明けず、孤独に戦う人もいる。

僕が言いたいのは「目標や悲願を達成したとしても、そこには楽しみと同等、それ以上の苦難がある」ことは間違いないということです。

「苦しみのない栄光など無い」

僕の大好きなサッカー選手、クリスティアーノ・ロナウドが世界最優秀選手の証「バロンドール」を受賞したときのスピーチで語った言葉です。

憧れを持って、目指すことは素晴らしいことです。そして結果が出て、努力が報われたときは嬉しいです。本当に嬉しいです。そのときはこれまでの頑張り、努力を誇りに思ってほしいし、自分を褒めてあげて欲しい。人に頼りながらも、自分の力で掴んだものだから。

だけど、達成したからこそ、それは終わりではなく、ただ次のステージに進んだだけ。また新しい挑戦が始まる。そのときには、これまで以上の「極度の不安、プレッシャー、重圧」に向き合わなければいけない。

結果を残している人がただ単に「自分より優れているから」だと考えるのは大間違いです。
どの人の、人が見ていないところで「悲しみや挫折」を経験している。楽に栄光を掴んでいるのではなく、苦しみに向き合っているはずです。

もちろん、これはあくまで僕の意見であり、これが万人に当てはまることはありません。
でも、これから予選に通過して、新しい挑戦を向かえる人、それが重荷に感じる人に僕から、僭越ながら伝えたいことがあります。

僕は現役時代、楽しさが1割、苦しみが9割と先ほど言いました。
それは本当です。間違いではありません。

でも、それはあくまで「量」です。「密度」ではありません。

苦しかった経験がどれほど多くても、楽しかった思い出が自分の心や記憶には鮮明に残るものです。どんなに結果が出ない時間が長くても、1つでも目標を達成した一瞬の喜びがその苦しい期間を消してくれます。
確かに僕はスピーチを楽しめていない期間は長かったです。でも、わずかな瞬間でもスピーチが楽しいと感じた時は、それまでの苦しみも恐怖も消えていきました。

「楽しみの密度は、たとえ一瞬でもいいです」
「その密度が、苦しんだ経験がどれほど多くても、計り知れない量でも、消し去ってくれるはずです」

どんなに苦しみの量が多くても、どんなに楽しめない期間が長くても、それで終わることはないと思います。必ず、楽しめる瞬間は来ます。それがいつ来るのかはその人次第です。

それが来るまでの期間は、逃げずに立ち向かい続ける。これも1つの選択ですが、先ほども述べたように僕は「逃げることも選択」だと思います。

「立ち向かって、苦しかったら一休みして、本当に悲しくなったら一端離れて、また楽しみに気がついたら戻ってきて、着実に1歩ずつ進んでください」

焦る必要はないです。まだ時間は残されています。大会は前期だけではありません。後期も十分に残されています。そして挑戦する権利は平等にあります。そのときに、少しでも皆さんが勇気を持って挑めることを願っています。

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[4] 引退、そして終わりへ

2018年12月、聖心女子大学学長杯を持って。僕のスピーカー人生は終わりました。

スピーチを批判されて、予選に通過できなくて、一度は逃げて、またスピーチの魅力を知って、本選に出場して、また苦しみを経験して、そして引退の瞬間。

一言で表すのは本当に難しいけど、あえて表すとするならば、

「幸せ」でした。

正直、嬉しさの何十倍も苦しみがありました。でも、不思議です。終わりの瞬間が来ると、これまでのスピーチに対して、「楽しい瞬間しか」頭になかったです。

神大のスピセクでしか出会えなかった尊敬する大好きな先輩達、色々な苦労を共にしてきてずっと頼りなかったチーフを支え続けてくれた最高の同期達、頑張りのモチベーションをくれる愛すべき後輩達。時に刺激をくれ、時に挫折を共有して、同じ舞台で感動を共にできた他大学のライバル、親友達。
『僕は本当に仲間との縁に恵まれていた』

苦しかったときの、心のこもったコメントシートを見るたびに勇気がわいてきて、レセプションで多くの人とスピーチについて話すたびに、もっと頑張りたいと思えました。

改めて、僕は1人ではなかったと感じます。

「誰かのスピーチで考えが変わる」ことは多いと思います。ですが、僕にはそれに加えて「スピーチで人生が変わった」と言えます。
ESSに入っていなければ、スピセクに入っていなければ、大会に挑戦していなければ、オープン大会と他大学のスピーカーとの縁がなければ、最高のメンバーと出会えていなかったら、僕は全く別の道を歩んでいたと思います。
苦しみも挫折も悲しみも多かったけど、本当に幸せだった、最高に充実したスピーカー人生でした。スピーチが僕の人生を変えてくれました。

人々はハッピーエンドを望むのもですが、

いくつかの目標は達成できないこともある。
いくつかの夢は叶わないこともある。
いくつかの旅は目的地に到達できないこともある。

でも、自分にできる全力を尽くして、たとえ求めていた結果が出なくても、それはあくまで過程です。その結果を受け止めて、インプットして、分析して、次の糧にする。
それを繰り返すことは決して無駄にはならないし、必ず、将来自分を支えてくれる力になり、目標を達成する、夢を実現する、旅のゴールへたどり着くための原動力になる。

「僕たちは未来も過去も変えることができます」

過去を変えることはできないけど、未来を変えることはできる。このセリフ、僕もスピーチでよく使っていました。でも、実は、僕たちは過去も変えることだってできる。

失敗というのは、失敗した時点で諦めて止まってしまうから、失敗になります。でもその失敗や挫折を受け入れて、自分なりに考えて、向き合って、次に自分の挑戦が上手くいけば、その失敗や挫折は、巡り巡って必要なものだったと実感することができる。

そして失敗した過去も、挫折した過去も、(スピーチをやめようと思った過去も、予選に全て落ちた過去も、スピーチが苦しかった過去も)全て「笑い話」にできます。だから過去は変えることができます。そして理論上失敗は存在しません。

現役生活を終えて、最も伝えたいことは、シンプルです。

「未来も過去も変えることはできる。だから恐れずに、今の自分にできる最大限の挑戦をしてください!」


誰よりも下手くそで、誰よりも実力がない底辺スピーカーの言葉でも、少しでも現役生の皆さんの支えとなれば、本当に幸いです。
現役生の皆さんの挑戦を、成功を、悔いの無い引退を、心から応援しています。
皆さんの挑戦が最高もものになりますように。心から願っています!


以上僕が現役スピーカーを終えての心境を書かせていただきました。

次回は「インストへの挑戦、そしてJUEL Cup副実」について書きたいと思います。そちらも読んでいただけると幸いです笑。

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!







はるはるさん、ありがとうございました!

勝手にはるはるさんは順調なスピーチ人生を歩まれていてすごいな、と思い込んでいたので、
記事を読んではっとさせられると同時に何だか勇気をもらいました。本当にお疲れさまでした。☺️


さて、次回は
「インストという新たな挑戦」
「まさかのJ.U.E.L. Cup副実に!?」
の二本立てでお届けします☺️

お楽しみに!✨